
ことばの栞
べつの言葉で
─ In Altre Parole ─
ジュンパ・ラヒリ
ベンガル人の両親のもと、ロンドンに生まれアメリカで育ったラヒリは、
1994年に訪れたフィレンツェで、イタリア語の響きに恋におちる。
20年後、家族でローマに移住し、
初めてイタリア語で書いた作品が『べつの言葉で』。
(ラヒリは、ベンガル語が母語で、英語は「継母語」だという。
それまでの作品は、すべて英語で書いてきた。)
この作品はエッセイで、掌編小説が二篇入っている。
*
エッセイより、小説が好きだ。
好きな作家のエッセイも、たいてい途中で放る。
やっぱり小説のほうが、と思う。
エッセイは、作家の思想が直接的に書かれる。
小説は、数万字の婉曲表現になる。
個別具体的な背景をもつ登場人物がいる。
人間関係、感情、記憶、発語、身体的接触が絡まる。
一行で要約できるかもしれないことを、
孤独を、悲しさを、喜びを、生きることを、
「べつの言葉」を尽くして語る。
*
小説を読んでいるとき、わたしはいちばん自由でいられる。
安心して、ひとりでいられる。
孤独も不安ではなくなる。
時間も空間も、無限に拡がって、
わたしの時間や記憶が膨張して、作品と一緒に動いていく。
わりきれなさ、
みたいなもの。
*
たしかな実感を身体中で感じているのに、
言葉にならなくて、べつの言葉で。
伝えたいことがはっきりあっても、
伝えることが叶わなくて、べつの言葉で。
べつの言葉で、遠い周辺を行き来する。
そうして、
自分の言葉に自分が疎外される。
けれども、まれに、
関わり・交わりのなかでふいに、
用意されていなかった言葉がでることがある。
ひとりではでてこなかった言葉。
そのとき、
自分の言葉に自分が励まされる。
聞いてくれる人のまなざしから生まれる言葉。
*
べつの言葉しか選べないことに傷ついて、
母語である日本語に疎外される感覚は、
考えすぎと言われても。
わたし、他者、世界に誠実であるためには、
言葉に誠実であらねばならないと思っているし、
そうでありたい。
そのために──

*出典 ジュンパ・ラヒリ『べつの言葉で』より
