人生で最っとも美しい姿は
満月に向って弓を引きしぼる姿である

高校時代の恩師

友人とともに、りんりんふぇすへ。

雑誌「ビッグイシュー」を応援する音楽イベント。
13年前にスタートして、念願の山谷開催という。

このイベントを知らなかった自分に驚いた。
大事な日になると思った。
人生のひとつのハイライトになるような。

*

山谷という地名で思いだすのは、
高校の頃、お世話になった恩師。

真面目に諭された記憶もなく、
「恩師」なんてそぐわない気もする。

でも、彼がいなければ、
アングラ演劇を知って花園神社に紅テントを観に行くことも、
夜の渋谷へ鈴木清順の「ツィゴイネルワイゼン」を観に行くこともなかった。

かつて学生運動というものがあり、
「革命」を目指していた若者がいたことも知らなかった。
知ったとしても、世界が違いすぎて思いを寄せることはなかった。

山谷やドヤ街ということばにも、出会わなかったかもしれない。
ホームレスと呼ばれる人たちにも<過去>がある、
そんな当然のことを実感することもできなかったかもしれない。

第一志望の大学に行けたかどうかも怪しい。
いま周りにいる人たちに、誰ひとり出会っていないかもしれない。

*

山谷地域の三ノ輪には、
2年ほど前、夜回り用のお弁当作りで数か月通った。

会社を辞めたあとの空白期間。
炊き出しや夜回りのお手伝いをしたいと思うものの、
コロナ禍で、ボランティア募集を停止しているところばかりだった。

そんな中、カトリックのシスターが代表をしている団体を見つけ、
連絡してみると「どうぞ」と返信があり、週1日通うようになった。

いつも狭い部屋にぎゅうぎゅうと10人ほど集まっていた。
キリスト者の人や、生活保護を受けているおじさんが多く、
わたしは誰も知らないよそ者だったが、
みんな優しく迎えてくれて、いろいろお喋りをした。
配布用のお弁当を作り、炊き出し用の野菜を切った。

通い始めて1ヵ月くらいした頃、
山谷を案内してもらえることに。

小塚原刑場で処刑された人を弔うための首切り地蔵。
吉原遊郭の遊女の投げ込み寺として知られる浄閑寺。
山谷の日雇い労働者たちを供養するひまわり地蔵尊。
山谷で広く支援活動をなさっている、
吉水岳彦さんが副住職をされている光照院……など。

ほんの1~2時間だったが、たいせつな記憶。

*

お弁当作りの仲間に、
わたしの地元に昔住んでいたという男性がいて、よく話しかけてくれた。
みんなに愛称で呼ばれるムードメーカーで、
不自由な足で三ノ輪駅まで送ってくれる優しい人だった。

*

りんりんふぇすに、
シスターとその男性も、もしかしたらいるだろうか。
ひそかに会いたいと思っていた。

会場の玉姫公園には、
家族連れや若者や山谷で暮らしている人など、
たくさんのひとが集まっていた。

みあたらない。

諦めかけたとき、カラオケ大会のコーナーが始まり、
見知った姿が舞台に向った。客席にはシスターもいた。

うずうずタイミングを伺い、帰りに声をかけた。
「またいつでもね」と言ってくれた。
思いきってふたりの手を握り、さよならした。

*

こういうことも、
高校で彼が担任にならなければ、なかった。

剣道部の顧問でいつも竹刀を持ち歩いていた。
毎日、ひとりで校内のノラに餌をあげていた。

筋肉隆々で怒らせると怖かったが、
ネコを前にすると目尻が下がった。

高校2~3年の二者面談でも進路の話はせず、
演劇部のことや、先生の若い頃の話をした。

彼は学生の頃、学生運動に熱中していた。
経験談として「革命」について語ってくれた。

社会と折り合いをつけられず、山谷のドヤ街に住み始め、
日雇い労働者として数年はたらき、路上生活も経験した。

そこから立て直し、さまざまあって教師になった。

*

ホームレス、という人はいない。
みんな同じく過去がある。

いま、奥田知志さんや吉水岳彦さんのことばを自分に落とせるのは、
彼が過去を語ってくれたから。

*

高校2年、修学旅行でアメリカへ。
自由時間の候補リスト。無難な美術館や博物館が並ぶ中、
彼はホロコースト博物館を入れた。わたしは一択だった。

ツインタワービルものぼったが、印象は薄い。
翌年、9.11が起きた。

9.11の翌日、彼は他の教師とは違う空気をまとっていた。
静かに怒りを抑えているように見えた。
アメリカ側を被害者とは見ていないことばで、
歴史と自分の考えを彼自身のことばで語った。

*

りんりんふぇすは、寺尾沙穂や三輪二郎の歌も、
路上生活経験者で構成されるダンスカンパニー、
「新人Hソケリッサ!」のダンスも素晴らしかった。

寺尾沙穂の歌を聴いていると、
いろいろな人を思いだして涙がでてきて困った。
ウクライナやガザのことも思った。

今回のことばは、寺尾沙穂の「楕円の夢」にするつもりだった。
この歌詞をわたしはこれから連れいていく。

明るい道と暗い道
狭間の小道を進むんだ
あなたが教えてくれたのは
楕円の夢の美しさ

寺尾沙穂「楕円の夢」より


りんりんふぇすの翌日、
高校の卒業アルバムを10数年ぶりに開いた。

後ろのほうにサインページがあった。
同級生がくれたメッセージが並び、懐かしい。

ふと、恩師の手書きのメッセージに気づく。
書いてもらったことなどまったく忘れていた。

涙はそのまま、美しく進みたい。
あなたに出会えて、今があります。

人生で最っとも美しい姿は
満月に向って弓を引きしぼる姿である
自分の満月に向って大きく
力強く進んでください

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*出典  (高校の卒業アルバムより)