思い出せばほとんどの車はミラーやドアハンドル、ルーフキャリアに長くて白い布を結わえ付けていました。まるで結婚式みたいに。
ヴィーカ(マウリポリ在住)
ロシアによるウクライナ侵攻から2年。
『戦争語彙集』
ウクライナの詩人である
オスタップ・スリヴィンスキーさんが
戦禍から避難してきた人々に話を聴き、
その証言をもとに編んだドキュメント。
ありふれたやさしいことばで、
生活に混じる戦争が語られる。
「マドレーヌ」「シャワー」「恋愛」
「猫」「手紙」「ココア」「林檎」…
戦争の枠をまとわない戦争のことばが
わたしの感覚や記憶をゆさぶる。
報道とは異なる戦争の存在感。
体温。声。たしかにいる、一人ひとり。
そこには暮らしがあり関係性がある。
ペットがいれば、森も土も花もある。
(かつて、あった。という惨状でもある)
*
冒頭の引用は、「結婚式」の一節。
一見、めでたさを感じるおめでたさ。
「白い布」はもちろん結婚式ではない。
“無抵抗”を表明して逃げる様子だそう。
戦争が、ことばに消えない意味を塗る。
すべてが終わったあと
わたしたちは言葉をもう一度
作り直す必要がある
「ろうそく」という言葉が
「塹壕のなかを照らす灯」と
結びつかないように「地下室」という言葉が
再び甘い自家製ジャムや
根が顔を出したジャガイモの
居場所となるようにオスタップ・スリヴィンスキーさん
(戦禍に言葉を編む – ETV特集 – NHKより)
もっとつらい人がいるから…と、
自分のつらさに口をつぐむ人がいる。
見知らぬ人のことばに出会い、
“ここにわたしがいる”
と、勇気づけられる人がいる。
心を壊すような状況を経験し、
ことばを失ってしまう人がいる。
だからこそ、ことばになった証言は
多くの人に届いてほしい。
この状況において、表現力が豊かであることは本当に重要です。なぜなら、全世界の人々に、私たちの意見に耳を傾けてほしいからです。そしてもちろん、私たちの苦しみや災難にも注目してほしい。
リヴィウ大学の学生(『戦争語彙集』より)
10か国語以上に翻訳される中、
わたしが読むのは英訳からの重訳。
戦争体験を語るウクライナの方々、
聞き手であり詩人のオスタップさん、
英訳者のタラス・マルコーヴィチさん、
日本語訳のロバート・キャンベルさん。
4名の体を通り、
戦時下のウクライナの人の声が
奇跡的に日本のわたしに届いた。
このようなことばこそ原語で…とも思うが、
無数の人の想いがのった訳語の熱量は重い。
*出典 オスタップ・スリヴィンスキー作/ロバート・キャンベル訳著『戦争語彙集』より