ハナニアラシノタトヘモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ

井伏鱒二

日々も自分もグレーのまま、
楽しくやり過ごしてこそよし。

ひずみはお酒でかわし、
文学や映画でなだめる。

深刻になりたいわけではない。
いつだって祝杯をあげていたい。

*

─サヨナラダケガ人生ダ─
原文は唐の詩人・于武陵の漢詩「勧酒」。
素直に訳すと「人生に別れはつきものだ」。

井伏の強度ある4行の言葉が、
別れを人生讃歌にしてみせる。
感傷でも冷笑でも達観でもない。

書き手の存在と文脈の力が
意味を軽々と超えていく。
そこに生まれる言葉の力を
私は揺るぎなく信じている。

*

─原文─
勧君金屈巵
満酌不須辞
花発多風雨
人生足別離

─書き下し文─
君に勧む金屈巵きんくつし
満酌辞するをもちひず
花発はなひらきて風雨多し
人生別離足る

─井伏鱒二訳─
コノサカヅキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガシテオクレ
ハナニアラシノタトヘモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ

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*出典 井伏鱒二『厄除け詩集』より