あとに花びらと、冷めたい虚空がはりつめているばかりでした。

坂口安吾

ただ、虚空の涯のなさ。
思考も感情もその中にある。

愛おしさも怒りも虚しさも
ひたすら、悲しみの変容でしかない。

体温を感じられるのは、
だからなのではないか。


*

「それでも約束があるからね」
「お前がかえ。この山奥に約束した誰がいるのさ」
「それは誰もいないけれども、ね。けれども、約束があるのだよ」
「それはマア珍しいことがあるものだねえ。誰もいなくって誰と約束するのだえ」
 男は嘘がつけなくなりました。
「桜の花が咲くのだよ」

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*出典 坂口安吾『桜の森の満開の下』より